2026/04/16交流活動
消化管外科医師3ヶ月研修所感:がん研有明病院
翟 昇永 濰坊市人民医院 消化管外科 副主任医師
私は中国山東省濰坊市人民医院消化管外科の副主任医師です。2024年、濰坊市第1期若手医学人材育成支援プロジェクトに選出いただき、2025年8月より日本のがん研有明病院がん研有明病院(Cancer Institute Hospital of JFCR)胃外科にて臨床研修を開始いたしました。入局以来、布部創也部長ならびにチームの先生方による体系的なご指導のもと、胃癌の診断・治療を中心に、診療の全過程通じて集中的な学習・見学を重ねてまいりました。ここに、これまでの主な所見および所感をご報告申し上げます。
一、手術時間の背後にある「丁寧を極める姿勢」
来日当初より、布部創也部長は繰り返し「卓越した臨床成績は、診療のあらゆるプロセスを徹底的に磨き上げることから生まれる」と強調されていました。術前準備においては、すべての胃癌症例に対し、内視鏡下で腫瘍および切除断端の正確な位置同定を行います。術中はダヴィンチ手術支援ロボットを活用し、精緻な解剖学的操作を徹底しています。さらに術後管理においても、主治医が日々病状を動的に評価し、あらゆる細部にまで目を配ります。こうした一つ一つの積み重ねが、患者の円滑な回復を支える礎となっています。
現在、がん研有明病院における胃癌手術の平均所要時間は約6時間、麻酔導入・手術準備に約1.5~2時間、術後の標本処理にも約2時間を要します。この一見「長い」とも受け取られかねない時間は、決して効率の低さを意味するものではなく、むしろ徹底した精緻さの現れです。皮膚切開のデザインからリンパ節郭清、エネルギーデバイスの適切使用、術野の保護に至るまで、あらゆる工程で最善を尽くしています。さらに貴重なのは、この精緻さが術者一人ひとりの職業的本能として内面化され、手術の全過程を通じて一貫して発揮されている点です。
二、標準化の徹底――「謀定して後に動く」という臨床の知恵
治療戦略全体の観点から見れば、中国と日本の差は着実に縮まりつつあります。しかし、細部の徹底という点においては、なお改善の余地があると感じました。術中内視鏡を例に挙げますと、術前マーキング、術中の再確認、吻合後の最終チェックという一連のプロセスは、日本では標準的手順として確立されています。中国国内においても実施可能な施設は少なくありませんが、いまだ日常的なルーチンには至っていないのが現状です。しかし、吻合部関連合併症はまさに医療トラブルの高頻度原因でもあります。術後標本の処理についても同様で、一部施設では標準化が進んでいるものの、全体としての実行力にはなお向上の余地があります。
また印象的だったのは、日本では外科技術が高く尊重されながらも、決して診療の中心に置かれてはいないという点です。より重視されるのは術前評価と全体戦略の構築、すなわち「手術すべきか」、「いつ行うか」、「どのように行うか」です。戦場において局地的勝利が戦略的失敗を補えないのと同様に、「謀定して後に動く」姿勢こそが、複雑な臨床状況において主導権を握る鍵なのだと実感しました。
さらに、日本の同分野の先生方の手術を見学して最も強く感じたのは、「泰然自若」と「無血手術」という理念です。操作は終始落ち着いており、血液の一滴一滴を大切に扱い、出血があれば必ず確実に止血してから次の工程へ進みます。その結果、術野は常に明瞭に保たれ、解剖学的層構造が鮮明に保たれています。華やかさという観点から見れば決して派手ではありませんが、その静かな確実性の背後には、患者安全への深い配慮が息づいていることを実感いたしました。
三、教育と継承――協働の中で研鑽を重ね、継承の中で受け継がれていく
日本の医療体制における臨床教育への重視に、私は大きな感銘を受け、多くを学ぶことができました。国家レベルのがん専門医療機関であるがん研有明病院においては、胃外科の研修医は単に手術に参加するだけでなく、回診、講義、MDTカンファレンスにも積極的に関与し、知識と経験の体系的継承が実践されています。
胃外科の4名の主執刀医の先生方は、ロボット手術や極めて高度で複雑な手術操作を除き、手術のほぼ全工程において第一助手を務めてられています。中でも特に強く印象に残ったのは、低出血量を徹底する手術スタイルと、手術映像を繰り返し検証する学究的姿勢によって、高強度かつ高品質な若手医師育成が実現されている点です。その結果、チーム全体の手術様式の高度な統一へと結実し、低合併症率を支える重要な基盤となっていることに深い感銘を受けました。布部創也先生をはじめとする主執刀医の先生方は、第一助手として、超音波メスの使用方向、組織間隙の展開方法、電気メスの出力調整に至るまで、手取り足取り指導し繰り返し修正を重ねます。たとえ研修医が一時的に十分に対応できず、傍らで見守る者のほうが内心焦りを覚えるほどの場面でさえ、主執刀医の先生方は終始穏やかな表情を崩すことなく、辛抱強く指導を続けられます。その落ち着きは、十分な時間的余裕を確保した上で教育に臨むという自信の表れであるように感じました。
この経験を通じて、医療の本質は単に疾病を治癒することにとどまらず、継承によって未来へと受け継がれていく営みであるという確信を深めました。
四、医療機能分化と臨床研究志向――臨床課題を起点とするエビデンス実践
がん研有明病院の患者の多くは紹介患者であり、80歳以上の高齢者が半数以上を占め、多疾患併存の高齢患者が多く、術前治療歴や再発を伴う進行期胃癌症例が多く、症例の複雑性という点では中国国内と大きな差はないと感じました。特筆すべきは、日本の臨床医の多くは基礎研究中心ではなく、臨床ガイドラインの改訂につながる大規模多施設共同試験に注力している点です。このような研究志向は、中国における臨床研究の方向性を再考する上で、有益な示唆を与えるものであると考えております。
五、謝辞と今後の展望
日本において長期にわたり外国人医師を受け入れる医療機関は決して多くありません。今回の研修が実現できましたのは、日中医学交流センターによる言語支援、査証手続き、住居手配をはじめとする多方面にわたる全面的なご支援と、日本側医療機関との的確なマッチングのおかげです。こうした万全の体制が整えられていたからこそ、私は臨床と研究に専念することができました。
今回の研修を通じて、「標準化」「協働」「振り返り」が、経験を実践的能力へと昇華させるための必由の道であると強く認識いたしました。帰任後は、これらを日常診療の中で実践し、課題研究とフォローアップを通じて検証可能なエビデンスを積み重ねてまいります。そして、専門性と誠意をもって患者さんに還元するとともに、中国における胃外科の質の高い発展に微力ながら貢献していきたいと考えております。
研修記念撮影